江戸期に合祀された産土神
夏なので糸島にツーリングしてみました。さて今回は福岡県糸島市高田にある神社です。本当の表記ははしごだかの髙田のようです。
唐津街道から少し北に入った路地沿いに鎮座されています。
筑前国続風土記拾遺にも記述がありますが、まだ髙田神社という名前ではないですね。
能徳十六天子社
産神也。祭る所天神七代・地神五代の神なりといふ。昔の社はノウトクといふ所にありしとそ。
是永十六天神
むかしハ此邊入海にて此社ハ其中嶋にありしといふ。漸年を逢ふて今ハ平田となり土地低きし。しかれ共いにしへ海中の嶋なりし故にや、洪水の時も水にひたらす。故に里民ハ浮嶋といふ。
カメラを縦にしても収まりきらないぐらい高いです、樹齢何年くらいなのだろう?
そしてご由緒です。御祭神は天神七代神(アマツカミナナヨノカミ)と地神五代神(クニツカミイツヨノカミ)です。
そして、こちらが御本殿です。結構年季が入っていますが、いつ頃建てられたのでしょうね。
徳川綱吉の時代に、髙田村能徳にあった能徳神社を現在地に遷座。そして明治になると高田村内3か所に祭祀していた庚申神社も遷座されています。
合祀されて高田神社へ
こちらは是永神社です。高田村是永に祭祀していた是永神社は祭神が同じでした。そのため合祀されたそうです。
注連縄付きの石の台座、何か儀式に使うものでしょうか?