七隈・田隈・干隈、“すみっこ”が集まるまち

ふだんは外を歩いて記事を書くことが多いのですが、さすがにこの暑さでは「ちょっと今日は地図で散歩を」となりまして。とはいえ、気になるとやっぱり外にも出てしまうんですけどね。今回は早良区、城南区の「隈(くま)」がつく地名について──頭の中と、すこしだけ足で巡ってきた話をまとめてみました。

「隈」ってなんだ?という疑問から

「田隈」「干隈」「七隈」。地名に「隈」のつく町が、まとまって並んでいます。「隈」という漢字は、古語で「すみっこ」「奥まった場所」「入りくんだ地形」を意味します。特に、川の湾曲部や谷間、村のへりといった場所によく使われてきたといいます。つまり、「隈」がつく地名は、風景そのものを指している場合が多いというわけです。では、田隈・干隈・七隈は、それぞれ何の“隅”だったのでしょうか?

田んぼの隅、水の隅、谷の隅

田隈の細道と水路。住宅地に囲まれながら、昔の田園の名残を伝える。田隈は、現在も田隈小学校の北側に農道と水路が残る一帯。周囲はすっかり住宅地になっていますが、かつては「賀茂村の外れ」にあたる農耕地帯でした。地名どおり「田んぼのすみっこ」に人が住みついてできた町、というわけです。

坂の途中に建ち並ぶ家々。盛り土と造成地が“隅っこの居場所”を物語る。干隈は、那珂川沿いのやや低い土地。堤防のすぐ内側に古くからの家並みがあり、宅地との高低差も感じられます。「干上がった土地のすみっこ」に人が暮らしの拠点を見つけた、という言い伝えもあります。

七隈四つ角。道が放射状に交わり、まちの中心と“隅”が共存している。そして七隈(ななくま)。この地名には、「七つの谷」あるいは「七つの隅」があるという説があります。実際、七隈の町は坂が多く、谷が交差し、入り組んだ地形。まるで“隈の集合体”のような場所です。

地名は風景の記憶

地名というのは、案外ていねいにできているものです。「なんとなくの響き」ではなく、風景をことばにしたもの。人びとの目と足が、そのまま名づけにつながっているのです。

「隈」という字には、ただの“へり”ではなく、人が集まり、住みつき、暮らしを紡いできた“隅っこ”の歴史が宿っているように思えます。

そしてこの町の魅力は、そうした“すみっこ”たちが寄り添いながら、いまのまちをかたちづくっているところにあるのかもしれません。

さいごに

この記事は、地図と現地の風景、そして少しの想像をたよりに書いた地名考です。資料的な裏付けよりも、土地の感触や空気感を優先して綴りました。ひととき、“まちの名前”を通して風景に思いを馳せていただけたら嬉しいです。