当時の雰囲気が色濃く残る天璋院篤姫ゆかりの跡地

指宿に所用があり、帰り道にずっと行ってみたかった今和泉島津家の別邸跡に寄ってみました。今和泉島津家といえば、大河ドラマの主人公にもなった天璋院篤姫の生家です。リアルタイムでかかさずみていた自分としては、聖地巡礼です。


 
おそらく幕末の頃とさほど変わっていないと思われる道

海沿いにある専用の駐車場から今和泉島津家の別邸跡までは、散歩道になっていました。案内板をたよりに進んでいくと、全く観光地化されていない道にでました。雰囲気が素晴らしい!

江戸時代の風情を残す町割

なんとも風情のある道が続きます、篤姫もこの辺を歩いていたのかな?とか思想にふけりながら進むと、別邸の跡地がある小学校がみえてきました。

現在は小学校

時間も遅かった為、残念ながら中は見学できませんでしたが、当時の手水鉢や井戸なども残っているようですね。

当時の石垣は健在

海岸沿いに見事な石垣が残っていました。敷地はなんと四千坪以上あったそうです、石高も一万石以上で大名クラスです。分家とはいえ流石に島津家はスケールが大きいですね。今和泉島津家は血筋が絶えないように工夫されて作られた「一門家」で、藩の家柄の中では最上になります。徳川でいうところの御三家や皇室の宮家のようなものですね、血のストックです。

反対側も石垣と隼人松原が続く

別邸の前はすぐに砂浜になっています、島津家の資料によると斉彬の命により、別邸前の海岸に台場が築かれていたそうです。

敷地の先の方に船着き場?だろうか

海岸線に分家を置いているのは防衛の為もあるんでしょうが、島津家は琉球や諸外国と貿易を盛んに行っていたお家柄なので、船の往来が多いのが関係しているのかもしれませんね。

別邸の前にはすぐに錦江湾、そして向こう側に桜島がみえます。素晴らしいロケーションです。当主の静養などに使われていたようで、確かに静かな環境で波音だけが聞こえてリラックスできます。

篤姫になる前の少女時代の一子(あつこ)像

海岸にポツンと一子像がありました。後から調べて分かったことですが、篤姫は鹿児島城下の今和泉島津家の本宅で生まれ育っているので、こちらにはたまに遊びに来ていた程度のようですね。ただ、往時の雰囲気が色濃く残っている道など、素晴らしいスポットでした。

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