身代りとなった忠臣・壱岐真根子

生の松原海岸を歩いていると、浜辺にポツンと鳥居が立っています。この鳥居は壱岐神社に通じていて、ここから参道がはじまる入口になります。

この参道は結構長いです、松林の中を通してあるので松の香りが心地よい参道です。

202号線沿いに立つ第2の鳥居、横に石碑のようなものがありました。

漢文が彫られていますが、何と書いてあるのかわかりません。

ひたすら進むと、やっと本殿らしき建物がみえてきました。

やっと境内入口に到着。周辺に高い建物もなく、開放感のある神社ですね。

ご由緒

この神社は武内宿禰の身代わりになって亡くなった、壱岐真根子を祀ってある神社のようです。 武内宿禰 は6代の天皇にわたって仕えた、300年生きたといわれる伝説の朝臣ですね。300年・・・もしかしたら同じ名前を代々受け継いだだけなのかも。この辺は謎に包まれていますが、まぁ神話ですから。

明治時代には壱圓札や五圓札の肖像にもなっていました。相撲の始祖としても有名ですよね。

こちらが御本殿です。 壱岐直真根子は 別名真根子命(まねこのみこと)、『日本書紀』では壱伎直祖真根子(いきのあたいがおや まねこ)と書かれています。

身代わりの話を要約すると、武内宿禰が天皇の命により九州に出征中、弟の諫言により反乱の罪を着せられてしまいました。顔がよく似ていた壱岐直真根子は、武内宿禰を助けるため身代わりとなって自刃しました。その後、天皇へ直々に釈明して無実であることがわかります。

延宝8年(1680年)信仰心厚い黒田藩主が、その忠魂を称え、この土地を奉納して祭神として祀られたのがはじまりのようです。

本殿横の祠

ご神木っぽい巨木。保存樹とありますがしめ縄などはついていません。

おそらく昔の手水鉢と井戸です、現在は使われていないようですね。

何の歴史があるのか調べてみましたが分かりませんでした。蓋を外したら何か出てきそうで怖い。

現在の手水舎はこちら、神紋入りで立派です。こちらの手水舎も含め、境内全体が綺麗に手入れされており、氏子さん達が大切にまもれているようです。

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