北条氏打倒の先駆けとなった肥後の勇将

今月はじまった話題の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」は、北条氏の隆盛を描いたドラマですが、そんな北条氏打倒のきっかけとなった武将が住宅街に祭られています。

神社の名前は「菊池神社」、その名前の通り菊池武時を祭ってある神社です。

菊池武時は、後醍醐天皇の密命により挙兵して鎮西探題を攻め、味方の裏切りにより敗れて壮絶な最期を遂げた武将です。

討ち入りに失敗した菊池一族は逃走、しかし馬上の武時は六本松で首を落とされてしまいました。そして、最後に落馬したのがここ菊池神社だと言われています。

その後、この場所には胴塚が作られました。幕末期に末裔の城武貞が藩主・黒田斉清の認可を受け墓碑が建立されました。

立派な本殿が建てられたのは明治に入ってからの事で、藩主・黒田長知によって建てられます。

その後の菊池一族

非業の死を遂げた武時でしたが、その後、論功行賞の席で楠木正成より「ここに列席しているものは皆命がある。身命を賭して忠義を尽くした菊池武時が一番の忠義者である。」と激賞されました。その結果、菊池一族は肥後領主の座を与えられます。

本殿横には大変立派な社務所があり、またおみくじなどもありました。

本殿裏にある盛り上がっている小山がおそらく胴塚でしょう。そして石碑のようなものがありますが、何とかいてあるか読めません。

裏手は緩いスロープになっており、車で直接乗り付けられるようになっています。地下鉄の駅からも徒歩2分ほどですし、アクセスは抜群ですね。

神社の横に併設された公園には苔むした石碑と祠がありました。由緒書きなどがない為、何の為に建てられたものかは分かりません。

高圧洗浄機でお掃除してさしあげたい位、苔にまみれています。

菊池武時墓碑

社殿の反対側にまわると、中に入る事はできませんがお墓を遠目からみる事ができました。

天保と読み取れるので、おそらくこれが城武貞により建てられた墓碑ですね。

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