祓詞(はらえことば)にも登場する神話の舞台

国道202号線・小戸の交差点近くにある小戸大神宮への参道を示す石柱です。唐津街道を往来する人への目印だったのでしょうね。

まだここから1キロ以上離れているのですが、一本道なので迷うことはないと思います。

小戸公園の中ほどにある小戸大神宮です。福岡藩六代藩主・黒田継高の時代に、漁師が海底から銅矛を引き上げ、それを神宝として享保10年に創建されました。江戸の中頃なので、比較的新しい神社ですね。

貝原益軒が筑前国続風土記を書いた頃には存在せず、後に青柳種信が筑前国続風土記拾遺の中で詳細に記載しています。

ちなみに継高公は、如水・長政の血を引いている男系としては最後のお殿様になります。子宝には恵まれましたが女児が多く、男児は早世してしまいました。以降は養子を取ってお家が存続されます。

神社が建てられたのは比較的最近ですが、この土地は伊邪那岐(いざなぎ)が「みそぎ祓(ばらい)」をしたところで天照大神、志賀三神、住吉三神が出現したという言い伝えがあります。

小戸大神宮略記

御祭神と由緒などが書かれています。全国の神社で奏上されている祓詞に小戸の地名が出てくるそうです。

『掛けまくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等 諸諸の禍事 罪 穢有らむをば祓へ 給ひ清め給へと白す事を 聞こし食せと恐み恐みも白す』

「かけまくもかしこき いざなぎのおおかみ つくしのひむかのたちはなのおどのあはぎはらに みそぎはらえへたまいしときになりませるはらえどのおおかみたち もろもろのまがごと つみ けがれあらむをばはらえたまい きよめたまへともうすことを きこしめせとかしこみかしこみももうす」

拝殿は小高い丘の上にあるので、少し登り階段が続きます。

階段を上り切ると、賽銭箱だけが置かれたシンプルな拝殿に着きます。

社殿の形をしたメタリックなお賽銭箱です、はじめてみました。

拝殿横の階段をさらに上がると、こじんまりとした白い本殿へ着きます。伊勢神宮にならい、二十年ごとに新旧両殿交互に改築遷座が行われていたそうです。

隣には名前のない小さな祠があり、瓦か石のようなものが祀られていました。「修復奉納」とだけ書かれています。どんなご由緒があるのか気になりますね。

小戸大神宮は他にも神功皇后と縁があり、周辺には「腰掛石」や「お膳立ての磯」などもあります。様々な伝説に登場する舞台に相応しい、神聖な雰囲気にあふれていました。

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