前回に引き続き、太宰府天満宮に合格祈願して境内を散策しています。

中島神社の隣に相輪塔がありました。神仏習合時代の名残ですね。江戸時代のもので、九州にはここにしか現存していないようです。

仏教に由来するものですが、梅の神紋が刻まれています。

少し階段を登っていくと、高台に摂社や末社が並んでいます。摂社は道真公とゆかりの深い神様が祀らています。

対して末社は国家全体を守護する神様でが祀られていて、摂社・末社は全部で37社もあるそうです。

如水の井戸

福岡藩・初代藩主 黒田長政の父、黒田如水(官兵衛)は、太宰府天満宮を深く崇敬していて、境内に草庵を建てて二年間隠棲していました。その際に使用した井戸が如水の井戸として現在も残っています。

秀吉に天下を獲らせた天才軍師・官兵衛も、晩年は道真公のお膝元でゆっくりした時間を過ごしたのでしょうか?

如水はこの場所で社家を招いて蓮歌会を開き、「松梅や 末永かれと緑立つ 山より続く 里はふく岡」と詠んだ記録が残っています。

如水が移り住んだ頃は戦国時代が終わったばかりで、長年の戦乱で境内が荒廃していましたが、神社の復旧にも尽力しました。

ところで如水といえばキリシタン大名として有名ですが、神道も崇敬していたのですね。少し意外ですね。

如水が天神様を深く崇敬していた影響からか、その後も黒田家は太宰府天満宮を厚く保護した為、江戸時代には隆盛を極めました。福岡城内に隠棲所が完成すると、如水はそちらへ移って行きます。

さて、一通り見終えたので名物の梅が枝餅でも食べて帰りましょう。

参道や境内には茶屋や甘味屋が軒を連ねています。池のほとりの長屋は全て茶屋です。

祖父母に連れられて食事をした記憶がかすかに残っています。昔はアイスクリームとか食べてたけど、あめ湯や甘酒がホッとする年頃になってきました。

夢塚の碑

菖蒲池畔を歩いて戻っていると石碑がありました。これは俳聖・松尾芭蕉が生前に、若い頃に参拝した太宰府天満宮に、もう一度参拝することを夢見ていた事から建てられています。

松尾芭蕉は辞世の句で「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」と詠んで、大阪で亡くなりました。

この石碑は芭蕉の150回忌を記念して菊屋平兵衛によって建てられました。

もう一つ句碑が隣にありましたが、これも芭蕉の句なのかな?

さて、参拝が終わったので太宰府参拝の楽しみの一つ、茶屋で梅が枝餅をいただきましょう。

みんなそれぞれに、推しの梅が枝餅屋があるんですよね。ちなみに僕の推しは次回ご紹介します。

こちらは映画「君の膵臓をたべたい」で、浜辺美波と北村匠海が梅が枝餅を購入した寺田屋さん。聖地巡礼に来ている人も多いようです。

投稿者

mokudai

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