伊邪那美から生まれた土をつかさどる神様
福岡の町には「埴安神社(はにやすじんじゃ)」という名前の神社がよくあります。大きな神社では脇社にひっそりと鎮座されていたり、主神として祀られていることもあったりと、よくお見かけする神様です。
こちらは地元から近い、鳥飼にある 埴安神社 です。住宅街の中に溶け込むように鎮座されています。そもそも 埴安神 とはどのような神様なのでしょうか?
古事記によると、伊邪那美神(イザナミ)が病床についたとき、その大便から生まれたのが波邇夜須毘古神(はにやすびこ)と波邇夜須毘売神(はにやすびめ)です。共通する「はにやす」とは土器や瓦などの材料となる赤土の粘土を表す古語です。埴輪(はにわ)の「はに」と同じ意味です。
粘土(大地)の神であり、土と関係の深い農業・製陶業・造園業・土木業などの分野にご利益があるようです。農村地帯などでよくみかけるのには訳があったのですね。それにしてもうんこから連想して土に結びついていったのですかね?まぁ、うんこは放っとくと土に還っていきますしね・・・。
こちらが祀られている神様の案内図です、わかりやすい図解でありがたいです。なぜ菅原道真公も一緒に祀られているのかは分かりませんでした。
こちらは本殿向かって左にある鳥飼神社の元宮です。戦国時代に戦に巻き込まれて焼失するまではこちらの場所に祀られていたようですね。現在の昭和通り沿いには江戸時代に入ってから再建されています。
本殿向かって右側が秋葉神社です。火防(ひよけ)・火伏せの神として全国的に広く信仰されている神様ですね。秋葉大権現と呼ばれ、静岡と新潟に総本社があります。
境内には他にも色々な神様や石碑が立っていました。
こちらは庚申信仰ですね。
こちらが神社の御由緒のようです。石碑に直彫りとは珍しいタイプの御由緒ですね。部分的にしか解読できませんでした。
金子堅太郎先生生誕地の石碑です。御実家の本当の場所は鳥飼橋の傍だったそうで、現在住宅になっています。都合でこちらへ移されたようですね。
埴安神社 は全国的に信奉されている神様ですが、福岡は特に数が多いような気がします。その辺りの因果関係も他の 埴安神社 を周って調べてみたいと思います。