福岡藩領西端の宿場町

前原宿にやってきました。福岡藩の西端で、そしてこの先は天領と豊前中津藩の飛び領地です。

筑前国続風土記拾遺には以下のような記述があります。

民居四所町 筒井原 新屋敷 尾頭
宿驛にて國君の行館及番所在。村北に川一流有。 和泉川(一名砂魚川)といふ。新田村にさかへり。

筑前国続風土記拾遺 巻之五十 志摩郡 下

明治期の豪商・西原家の屋敷跡です。現在はカフェとして利用されています。立派な梁や柱、漆塗りの吹き抜け廻廊など、今では造ることのできない約100年前の町屋建築を堪能できるお店でおすすめです。

前原宿 人馬継所跡

人馬継所跡の石碑です、明治時代までこの場所に存在していました。

現在は時計台が建てられています。江戸時代までは脇本陣があったそうです。

さて宿場を探索していると、何やら築年数の経っていそうな建物が。

右から左に読む看板からして、戦前のものですよね。以前来た時には、たぬきの置物の横に「伊能忠敬宿泊地」と立札がありました。以前は旅籠だったのかもしれません。

一部営業されていますが、かなりシャッターを下ろしている店が多いです。時代の流れとともに、人流が変わってしまったようです。

前原宿には、他藩との出入りを厳しく取り調べる為の番所が設置されていたそうです。

古民家が寄り合い処として利用されていました。中ではご年配の方が楽しそうにお喋りされていました。

道が緩やかにカーブしているのが、昔の街道の面影ですね。

そろそろ宿場の西端に到着します。

追分石が設置されていました。「左加布里 唐津道・右芥屋大門参道 舩越港道」とあります。明治期に設置されたもののようです。

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