長崎県防空本部が設置された大戦の遺産
長崎県防空本部が設置されていた、立山防空壕へ足を運んでみました。
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ここは太平洋戦争中に空襲警報が発令されると、県知事ら要人が集まり、警備や救援・救護等各種応急対応の指揮を行っていた場所です。
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そして、壕内には知事室や警察部長室、防空監視隊本部などが配置されていました。
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それでは、早速中へ入ってみます。入場無料で、しかもランタンフェスティバルで人が多い期間。しかし誰もいませんでした。ガイドの方もあまり人が来ないと嘆かれていました。
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かなり大規模な防空壕なので、このように酸欠にならないよう通気孔が設けられています。
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現在は崩れないようにコンクリで固めてありますが、当時は木材の外側にモルタルを塗って壁が造られていました。
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原爆が投下された爆心地からは約2.7㎞ほどしか距離がありません。しかし、手前に山がある為、それが壁になってほとんど被害を受けなかったのだとか。
長崎県防空本部 長官室
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さて、こちらは最奥にある長官(知事)室です。他にも参謀の人たちのお部屋が、ウナギの寝床のような造りの中にあります。
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それぞれの部屋はそれほど広くありません。ただ若干の圧迫感はあるので、あまり長居したくはない印象です。
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こちらの広い所は通信室や伝令室ですね。こちらで東京にある大本営と様々なやり取りが行われていました。
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全体的に独特な雰囲気と加えて薄暗さがあり、一人で見回っていると若干緊張感があります。
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水が湧いている一角がありました。当時の井戸がそのまま残っているのでしょうか?
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長官室などがある壕の他に、左側にもう一つ壕があります。こちらは内部がかなり広々とした空間になっていました。
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全体的に保存状態が良く、当時の空気を体感する事ができる貴重な施設です。長崎歴史文化博物館の横にあり、合わせて観光コースに組み込むのがおすすめです。