日本近代化へのキーパーソンを産んだ軍事施設
長崎海軍伝習所 があった、江戸町商店街の入口へやってきました。
長崎海軍伝習所は幕府が海軍士官養成の為に、オランダから西洋技術を学ぶための教育機関です。
現在は周辺が埋め立てられていますが、かつてはこの辺一帯に奉行所西役所が置かれていました。
幕末にロシア使節プチャーチンと会談を行ったのものこの場所です。
長崎海軍伝習所と岬の教会
そして、その西役所内に設立されたのが 長崎海軍伝習所 でした。卒業生には層々たる顔ぶれが揃っています。
中でも勝海舟と五代友厚の二人は、1期から3期まで全て継続して在籍しているので、よほど優秀だったのでしょう。
また、この場所は戦国期にはイエズス会の本部が置かれていた場所でもあります。
岬の教会と呼ばれていましたが、しかしキリシタン禁教令により破壊されました。
その後、長崎府や県庁などもありましたが、現在は無料の休憩所になっています。
樺島町のともづな石
さて、市役所通りを挟んで反対側の椛島町に渡ると、当時この辺が港だった事を示す遺物が残っています。
こちらはともづな石です。かつては遣唐使の船や御朱印船なども繋いでいたそうです。
また、江戸町の北側には、かつて県庁があった頃の建物が残っていました。
そして、その角には南蛮船来航の波止場跡の石碑もあります。
天正少年使節団がはるかローマへ向けて出発したのもこの場所、歴史のロマンを感じますね。
ここからさらに北へ100mほど行くと、カステラ一番でおなじみの文明堂本店が。
御三家の中では一番風格があって好きな店舗です、長崎旅行のお土産に是非。