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トークイベントには磯田道史さん、千田嘉博さん、平山優さんに加え、山口祥義佐賀県知事が参加。司会は佐賀新聞の社長さんが担当されていました。あいにくトークイベントは録画等禁止でした。残念。。。写真はトークイベント終了後のものです。

ここでのトークは首都機能を有していた名護屋城ということを言われてました。
名護屋城下は、国内で京都(30万人前後)や大坂(20~30万人)に次ぐ大都市だったようです。また世界的にみても20万人の人口が集中した都市は世界でも数えるほどしかなく、同時代のロンドン、メキシコシティに匹敵し、アジアではトップ10に入る可能性があったようです。すごいですね。

また、数十万の大陸動員を可能にした官僚機構というトピックスも出ていました。朝鮮に数十万もの軍隊を送り出す算段をした石田三成の事務処理能力は、やはりずば抜けているのでしょうね。現代まで続く、中央集権体制がこの名護屋城で誕生したというわけですね。まさにはじまりの名護屋城といった感がありますね。

さすが歴史家の視点といった点では、現地妻が歴史を変えたとも。嫉妬してるなら名護屋城まできていいよって言われたら、プライドの高い正室は、なかなか来れないですよね。秀吉は、その辺の心理も折り込み済みなんでしょうね。また、正室を差し置いて、転がり込んでくる女性は肝が据わってると。その血を受け継いだ子供は、やはりひとかどの武将になるんでしょうね。

トークはまだまだ続きます。。

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