石段の先に見た「天下」のかたち
いよいよ、あの安土城へ。といっても、まずはこの広々とした入口からスタートです。っていたより、かなり開けている。もっと「いざ出陣!」みたいな雰囲気を想像していましたが、どちらかというと、のびのびしています。

奥に見える安土山。あそこに信長がいたのかと思うと、ちょっとだけ背筋が伸びます。……が、同時に思う。あれ、あそこまで登るんですよね?広い。つまり、まだ本番は始まっていない、ということです。

山に入るには、まず入山料を納める。この山一帯は寺の所有地だという。単なる史跡ではなく、いまも信仰と管理の中にある場所なのだ。受付を抜け、歩き出すと、ほどなく目に飛び込んでくる。巨大な石段。

本やテレビ番組で何度も見てきた光景。しかし、実物はまるで違う。一段一段が大きい。幅も広い。石の迫力が、写真では伝わらない。

大手門付近の左右には、前田利家と羽柴秀吉の屋敷があったそうです。と、言われています。どちらも「伝」がついております。まあ、戦国ですからね。住所表示があったわけでもないでしょうし。

それでも石垣は立派。「ここが利家らしい」「こっちは秀吉らしい」らしい、らしいと言いながらも、想像するのは自由。秀吉が「いやー出世しましたわ」とか言いながら坂を上っていたかもしれません。

さらに上ると石仏。石段に組み込まれています。上ばかり見て歩いていると、うっかり踏みそうになる。
「おっと失礼。」石が足りなかったとは思えない。わざわざ、です。信長公、なにかお考えがあったのでしょう。宗教権威の上に立つ。そんな象徴だったのかもしれません。るいは単に「石は石だ」だったのかもしれません。戦国は、思い切りがいい。

途中に釣鐘があります。賽銭箱には「天下布武」。自由についていいらしい。自由…いい言葉ですね。「天下を取るぞ!」と心で叫びながら、思い切りついてみました。ゴォーン。山に響きます。気持ちいい。天下は取れませんが、鐘は鳴らせました。一歩前進です。

石段は整備されていて上りやすい。でも、きつい。汗が出る。息が上がる。「信長、元気すぎん?」と言いながら、のぼります。

「森蘭丸邸址」かなり山の上のほう。ここまで登ってきて、やっとたどり着く場所です。蘭丸といえば、信長の側近中の側近。若くして寵愛を受け、本能寺でともに散った美少年。やはり、主君のすぐそばに、ということだったのでしょうか。それにしても――こんな高いところに住んでいたら、毎日が登山です。「殿がお呼びでございます!」と呼ばれても、「は、はい!いま参ります!」と、ぜぇぜぇ言いながら駆け上がる蘭丸。……想像すると、ちょっと親近感が湧きます。

石段は上りやすく整備されている。だが、楽ではない。あせだく。息が上がる。ふー、きつい。しかし、やっとのことで辿り着いた。「天主跡」いまは石垣と土の空間だけ。だが、ここに七重の天主がそびえていた。金箔で飾られ、琵琶湖を望む象徴の城。なにもない空間が、かえって想像力を掻き立てる。ここに、信長が立った。その事実だけで、十分だ。今回はここまで。
次回は、この天主跡周辺をもう少し掘り下げます。